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仙台高等裁判所 昭和32年(ネ)486号 判決

控訴人(原告) 中村ひで 外三名

被控訴人(被告) 青森市農業委員会・青森県知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。原判決添付別紙目録記載の土地につき被控訴人青森市農業委員会が、昭和二七年三月七日樹立した買収計画及び青森県農業委員会が昭和二九年七月三日なした訴願裁決はいずれもこれを取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は控訴代理人において

一、本件異議申立及び訴願をしたのは中村豊八、控訴人恵、同豊の代理人弁護士中村豊司であり、また本件訴願裁決書謄本が送達されたのも右三名代理人中村弁護士に対してである。これと異る従前の主張を右のように訂正する。なお控訴人主張の後記一の事実は争わない。

二、行政処分の取消は特別の規定のない限り取消される行政処分と同一またはこれに準ずる形式手続によつてなすべきものであるから、買収計画が公告によつて効力を生ずるものである以上、買収計画の取消もその公告によつて効力を生ずるものと解される。ところが本件第二二次買収計画は従前主張の第一五次買収計画取消と同時に樹立されているから、後者の買収計画の取消の発効前の樹立であると見なければならず、その点で違法であることを免れない。

三、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第一五条第一項の規定により農業用施設土地の買収を申請することができるのは、自創法の規定による農地の売渡を受けた日から一ケ年以内に限られる。ところが本件土地について右買収の申請をしたという樋口信太郎が自創法の規定によつて農地の売渡を受けたのは昭和二二年七月二日であるのに、右買収の申請をしたのは一年余を経過した昭和二三年一一月一二日である。従つてかような申請による右信太郎関係の本件買収計画は右の点において違法である。

四、自創法第一五条第一項第二号の規定は賃借権の存在を附帯要件の一つとしている。ところが亡棟方寅次郎が本件(い)の土地についての賃借権を有していたとしても、その賃借権が遺産相続人に相続されるのであれば格別、寅次郎の孫である行男が単独でその権利を取得する理由はなく、また寅次郎がした買収申請の権利が行男に承継される道理もない。まして賃借権の譲渡、すなわちこの場合寅次郎の遺産相続人七名の権利の譲渡については地主である控訴人らの承諾を必要とするところ、控訴人らはその譲渡のことを聞いたことはなく、もとよりこれを承諾したこともない。従つてかような買収申請の資格ないし、権利のない行男のために樹立された同人関係の本件買収計画は自創法の右規定に違反するものである。

と述べ、被控訴人ら代理人において

一、控訴人主張の前記一の訂正事実は認める。

なお、本件関係の棟方兼作、樋口信太郎、棟方寅次郎らに対する各開放農地の売渡年月日と地目反別は、棟方兼作分は昭和二二年一二月二日、田三反七畝二一歩(同人は右のほか他に耕作をしていない。)、樋口信太郎分は同年七月二日、田一町二反六畝二六歩(同人は右のほに畑二畝二七歩を耕作している。)、棟方寅次郎分は同年一二月二日、田六反一六歩(同人は右のほか他に畑七畝二七歩を耕作している。)である。

二、控訴人ら主張二の事実は争う。第一五次買収計画が取消され、同時にそれに代わる新たな本件第二二次買収計画が樹立され、これが公告された場合には第一五次買収計画の取消を公告する必要はない。第二二次買収計画樹立の公告によつて第一五次買収計画は当然に消滅したものである。

かりに本件第二二次買収計画に控訴人ら主張のような違法があるとしても、右第一五次買収計画については訴訟(青森地方裁判所昭二六年(行)第四五号事件)の結果昭和二六年一二月二日訴願裁決取消の判決があり、右判決はすでに確定したので、第一五次買収計画は樹立の時に遡つて存在しないこととなり、従つて本件第二二次買収計画の右違法は治ゆされたものである。

三、同三の事実も争う。買収申請は売渡は売渡を受けてから一ケ年以内とする規定は昭和二四年法律第二一五号による自創法改正以後のことであつて、本件買収申請のあつた昭和二三年一一月一二日当時は改正以前の昭和二一年法律第四三号が適用されており、これによればそのような期間の定めはない。

四、同四の事実も争う。本件買収計画は棟方寅次郎の買収申請により同人が賃借権を有していた本件(い)の宅地について買収計画を樹立したもので、その間になんらの違法もない。右寅次郎の死亡ないしその相続関係は本件買収計画樹立後のことにかかるから、この場合問題にはならない。

五、なお、原判決六枚目表四行目「仮りに」から同八行目「違法はない。」までの被控訴人らの主張を撤回し、その代りに「かりに第一五次買収計画につき新たに明示の取消処分がなされなかつたとしても、本件第二二次買収計画を樹立することによつて第一五次買収計画は取消されたものである。」を加える。

と述べ…(証拠省略)…たほかは、すべて原判決の事実摘示と同じであるので、これを引用する。

理由

当裁判所も次の一ないし五の判断をもつて附加訂正するほかは、原判決と同様の理由によつて控訴人らの請求はいずれも失当として棄却すべきものと判断するので、原判決の理由記載をここに引用する。

一、原判決八枚目表二行目「前記亡中村豊八」と同表三行目「右豊八」をそれぞれ「右豊八、控訴人恵、同豊の代理人弁護士中村豊司」と、同表六行目「原告等」を「右三名代理人中村弁護士」と訂正し

同九枚目裏一二行目「同棟方兼作」の次に「当審証人棟方行男、樋口信太郎、棟方兼作」を加え、同一〇枚目表三、四行目「自創法によつて売渡を受けた田五反六畝歩の他畑五畝歩を耕作していたこと」を「自創法によつて売渡を受けた田六反一六歩のほか畑七畝二七歩を耕作していたこと」と、同表四、五行目「右樋口信太郎方は同じく売渡を受けた田一町三反八畝歩を耕作していたこと」を「右樋口信太郎方は同じく売渡を受けた田一町二反六畝二六歩のほか畑二畝二七歩を耕作していたこと」と、同表七、八行目「自創法による売渡を受けた田五反七畝二一歩の他畑一反歩(小作地)を耕作する農家であつたことが認められ」を「自創法による売渡を受けた田三反七畝二一歩を耕作する農家であつたことが認められ(ただし右寅次郎、信太郎、兼作に対する各開放農地等の耕作関係は当事者間に争いがない。)」とそれぞれ訂正し

同一一枚目表一〇行目「前顕棟方行男の証言」を「成立に争いのない甲第九号証、原審及び当審証人棟方行男の証言並びに口頭弁論の全趣旨」と、同表一〇、一一行目「同人の祖父の死亡後も」から同裏一行目「認められる。」までを「右寅次郎の死亡後においても孫の前記行男が妻子と共に寅次郎の住家に留まり、しかも自創法により売渡を受けた農地の内三反六畝歩は寅次郎よりそれを相続した父敬三郎(寅次郎の長男)から昭和三〇年二月贈与され、自己名義にその旨の移転登記を受け、そのまま同地において耕作に従事して来たが、寅次郎の相続人らから格別異議の出ていないことが認められる。もつとも前出甲第九号証、第一〇号証の一、二と当審証人棟方直作、棟方行男(一部)の各証言によると、右行男は借金の返済に窮し昭和三三年五月に至つて耕作農地の大半である前記田三畝一六歩を他に売渡していることが窺えはするが、同人が農耕を全く廃止したとは認めるに足りないし、またかりに行男が右農地売渡によりその後専業農家でなくなつたとしても、それは先に説明したごとき格別の事情の起きない限り、買収計画の適否判断の基準時後に生じた変動であつて、斟酌されるべきものではないから、右各証拠はこの場合の反証とはならない。」と訂正し

同一一枚目裏八行目「検証の結果」の次に「及び当審における検証の結果」を加え

同一三枚目表三、四行目「検証の結果」の次に「及び当審における検証の結果」を加える。

二、控訴人らは本件第二二次買収計画は従前主張の第一五次買収計画の取消の発効前に樹立された点において違法である旨主張し、右第一五次買収計画の取消につき公告のなかつたことは被控訴人の明らかに争わないところである。そして買収計画の取消も一の行政処分としてこれを外部に表示することによりその効力を生ずべきものであり、その取消方法としては処分の性質上樹立の場合と同様広く外部に公表する公告によるのが好もしいといい得るが必しも公告によらなければならないものではなく(その旨の規定もない)、適当な表示方法によつておれば足るものと解すべきところ、成立に争いのない甲第一四号証によれば被控訴人委員会は昭和二七年三月八日付書面をもつて右第一五次買収計画の取消のあつたことを被買収者である中村豊八に通知したことが認められるから、反証のない限り該通知はその頃右豊八に到達したものと推認され、本件の場合この通知の到達をもつて右買収計画の取消の効力が発生したものと見るのが相当であるし、また本件第二二次買収計画の樹立が適法に公告された(従つて効力が発生した)ことは当事者間に争いがない以上、口頭弁論の全趣旨に徴し前に樹立された第一五次買収計画と牴触すると認められる後の本件第二二次買収計画の樹立によつて前の第一五次買収計画は当然取消されたものと解すべきでもあるから、いずれにせよ第一五次買収計画ははじめに遡つて効力を失つたものと認めるべきであり、従つて本件第二二次買収計画には控訴人ら主張のような違法はない。

三、次に控訴人らは本件買収計画中樋口信太郎関係の分は自創法第一五条第一項所定の一ケ年以内の期間を遵守しない買収申請によつた点において違法である旨主張するが、前示のとおり本件買収申請のあつたのが昭和二三年一一月一二日であるとすれば、当時施行の自創法は昭和二二年法律第二四一号による第一次改正の自創法であり、その第一五条第一項の規定には右のような期間の定めはない(そのような期間の定めは昭和二四年法律第二一五号による第三次改正によつて新設されたものである。)。従つて控訴人らの右主張も採用に値いしない。

四、さらに控訴人らは本件買収計画中棟方行男関係の分は自創法第一五条第一項の規定による買収申請の資格ないし権利のない同人(棟方寅次郎の孫)のために樹立されたものであり、その点においても違法である趣旨の主張をするが、その申請資格ないし権利の有無は申請の時の申請人についてこれを決定すべきものであるところ、本件買収申請をしたのは申請資格のある訴外棟方寅次郎であり、該申請に基いて右寅次郎のために本件買収計画が適法に樹立されたことは前示のとおりであつて、たとえ右寅次郎がその後死亡したとしても特別の事情の起らない限り買収計画が違法となるようなことはないことも先に説明したとおりである。控訴人のこの点の主張も採用できない。

五、他に以上認定を動かすに足る証拠はない。

よつて原判決は相当で、本件控訴はその理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第九三条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 上野正秋 鍬守正一)

原審判決の主文、事実および理由

主文

原告等の請求は何れもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「別紙目録記載の土地につき、被告青森市農業委員会が昭和二十七年三月七日樹立した買収計画及び青森県農業委員会が昭和二十九年七月三日なした訴願裁決は何れもこれを取消す。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

第一、別紙目録記載(い)、(ろ)、(は)の土地(以下本件土地という。)は元原告ひで同幸一の被相続人中村豊八及び原告恵、同豊三名の所有で、原告ひで、同幸一は昭和二十八年十月十七日右豊八の死亡による遺産相続によりその所有者となつたものであるが、被告青森市農業委員会は昭和二十七年三月六日右土地に対し、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第十五条第一項第二号に基き第二十二次買収計画を樹立公告し、関係書類を縦覧に供した。よつて右原告ひで等の被相続人豊八はこれを不服として同年三月十七日同委員会に異議の申立をなしたが、同委員会は同年九月十日これを却下したので更に同年九月十八日訴外青森県農業委員会に対し訴願したところ、同委員会は昭和二十九年七月三日訴願棄却の裁決をなし、同月六日該裁決書謄本を右中村豊八に送達した。

第二、然しながら右買収計画及びこれを正当として原告等の訴願を棄却した右裁決は何れも以下の理由によつて違法である。

(一) (二重の買収計画)

本件土地に対しては既に訴外旧滝内村農地委員会(後に合併により青森市農業委員会に吸収)が昭和二十五年二月十三日第十五次買収計画を樹立し、前記亡中村豊八がこれに対し異議及び訴願をなした上青森地方裁判所に右買収計画取消の訴を提起し、同庁昭和二十六年(行)第四五号事件として審理中のところ、被告市農業委員会はこれに対し重ねて本件第二十二次買収計画を樹立した。尤も被告市農業委員会はさきに樹立した右第十五次買収計画を誤りとして自らこれを取消したが、該計画は当時既に行政庁を離れて裁判所において審理係属中であつたから自らこれを取消し得ぬ筋合であり、又行政処分は民事訴訟法第四二〇条所定の再審事由に相当する重大な瑕疵ある場合又は農地調整法第十五条の二十八第一項所定の手続による場合の他自ら取消すことができないところ、前記取消は右の何れの場合にも該らない。尚、買収処分の適否は買収計画樹立当時を基準として判定さるべきであるからその後において判決により前記第十五次買収計画が取消されたとしても、本件第二十二次買収計画が重複してなされた瑕疵は治癒されない。

(二) (適法な買収申請がなかつた)

本件(い)地は訴外亡棟方寅次郎の孫行男に、同(ろ)地は訴外樋口信太郎に、同(は)地は訴外棟方兼作に夫々売渡がなされているが、右訴外人等は何れも本件土地買収に先立ち、自創法第十五条同法附則第十条所定の期間内に、該規定に基く適法な買収申請をなしていない。仮りに該期間内に買収申請がなされたとしても、それに基く前記第十五次買収計画は取消されてしまつたから、その限りで右買収申請は失効しているもといわなければならない。

(三) (自創法第十六条第二項により買収できない。)

(1) 右買収申請人等及びその家族等は何れもその主たる所得が農業以外の職業から得られている。即ち訴外棟方寅次郎は昭和二十七年三月本件二十二次買収計画を樹てた当時七十八歳の老人で全然農業に従事せず且つ同人は同年八月十三日死亡したが、相続人は五男二女の七名でしかも長男敬三郎は東京に在住しその他の者も旧青森市又は他村に居住し右(い)地に在りて農業に従事する者がない、又その住家は相続人等の共有である。なお右寅次郎の孫棟方行男は右家屋に居住し車馬を所有して小運搬業又は日雇業に従事し、終戦後は福士組又は日本通運株式会社青森支店に勤務し、自創法第三条に基く農地の売渡を受けてからも右勤務の傍ら副業としてこれを耕作してきたものに過ぎず、その主たる所得は右勤務による収入である。又訴外樋口信太郎はその妻が商業を営み、同居の長男は国鉄青森駅に勤務していて、それらの収入を主たる所得としているものである。更に訴外棟方兼作も、日雇等をしてそれに基く収入を主たる所得としているものである。

(2) 本件宅地の所有者たる原告等は近々該地を宅地として使用する必要に迫られ、現にその一部に農家を建設すべく工事に着手していたところであつて、而も原告等は右以外に宅地を所有していない。

(3) 本件土地は往時より弥十郎屋敷と称せられてきた宅地であつて、青森駐在の自衛隊営舎に通ずる道路に接し、その位置環境等より見ても市街地宅地として使用するのが相当であり、農地として買収するのは相当でない。

(四) (本件土地分割手続の違法)

本件土地はもと青森市大字西滝字富永百六十四番宅地千四百六十五坪の一部であつたものであるが、本件買収計画樹立前に、旧滝内村農地委員会(現被告青森市農業委員会)においてこれを分筆登記手続をなした違法がある。

(五) (本件買収土地範囲の不明確)

本件土地は前記百六十四番宅地から右分筆手続を経た上これに対して買収計画が樹立せられたが、右は単に机上において分割せられたに過ぎず、図面等の添付もないからその具体的範囲は不明である。

(六) 本件土地の上にある被売渡人棟方行男所有の家屋は隣接地の訴外中村次五兵衛所有地に跨つて存在している。かゝる場合は農業施設用として何れの土地を必要とするか、一方の買収のみでその目的を達しうるか等明確にして買収計画を樹立すべきところ、本件買収計画はその点不明確である。

第三、以上何れの理由によるにせよ、本件買収計画及びこれを維持した本件訴願裁決は違法であり、取消さるべきであるから、ここに被告青森市農業委員会に対し右買収計画、青森県農業委員会の訴訟承継人である被告知事に対し右訴願裁決の各取消を求めるため本訴請求に及んだ、と述べた。

(立証省略)

被告等指定代理人及び訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告等の主張事実中第一、及び第二(一)の中、本件土地に対して原告主張の如く第十五次買収計画が樹立せられ、これに対し原告等の被相続人たる亡中村豊八が異議及び訴願の手続をなした上同人から買収計画取消請求の訴訟が提起せられたこと、その後被告青森市農業委員会が右第十五次買収計画を取消したことは何れもこれを認めるが、その余は争う。と述べ、

被告等の主張として、

(一) 被告青森市農業委員会は、前記第十五次買収計画が所有者を誤つていることを発見したのでこれを取消した上、新に本件買収計画を樹立したものであるが、凡そ買収処分完了前であれば処分庁において自ら瑕疵ある買収計画を取消すことは何等違法でなく従つて、原告等主張の如く二重買収とはならない。

仮りに右買収計画の取消が無効であり、本件土地に対して前記第十五次及び第二十二次の二個の買収計画が樹立せられたとしても、後者の買収計画の樹立、公告によつて先行の第十五次買収計画は取消されたものと解するのが相当であるから、何れにせよ本件買収計画が二重になされたとの違法はない。

(二) 本件買収計画に先立つ昭和二十三年十一月十二日、訴外亡棟方寅次郎(訴外棟方行男の祖父、昭和二十七年八月十三日死亡)、訴外樋口信太郎及び同棟方兼作は被告青森市農業委員会(当時滝内村農地委員会)に対して口頭で本件各土地の買収申請をなすとともに、同日右三名は訴外佐藤勝雄に対して右買収申請書の作成及び右農業委員会への提出方を委任した。そして右佐藤は該委任に基き同日付宅地買収申請書を作成し、これを右村農地委員会に提出している。

(三)(1) 前記訴外棟方行男、同樋口信太郎、同棟方兼作及びその家族は何れも農業専従者である。即ち右棟方行男は水田五反六畝(創設地)畑五畝(小作地)及び採草地二反を有する中位の農業専従者であり右樋口信太郎は水田一町三反八畝(創設地)畑一反(小作地)採草地二反及び農耕馬一頭を有する純農家であり、家族七人中農業従事者が四人で模範的農業専業者である。又右棟方兼作は水田五反七畝二十一歩(内三反七畝二十一歩は創設地、他は小作地)畑一反歩(小作地)及び採草地二反五畝歩を有し、農業従事者は二名で、上位の農業専従者である。

(2) 本件土地の内(い)地は訴外棟方行男の祖父棟方寅次郎が、(ろ)地は同樋口信太郎が、(は)地は同棟方兼作が約三十数年前より所有者から賃借し、夫々本件土地に住家並びに農業用施設等を建築し爾来引続き居住してきたもので、農業経営上欠くべからざる土地である。これに反し、原告が近い将来本件土地を使用する具体的事実が顕著でなく且客観的にもその相当性は認められない。

(3) 本件土地は青森市の西部西滝部落の西南部に位置し、昭和二十五年四月一日青森市に合併される迄は青森県東津軽郡滝内村大字西滝部落の一部であつて、北側及び西側は該部落の農家住宅地帯であり東側及び南側は一面熟畑及び水田が接続し、その位置環境よりして純農村地帯で市街宅地ではない。

(四) 本件土地はもと大字西滝字富永百六十四番宅地千四百六十五坪の一部であつたものを、被告青森市農業委員会が本件買収計画を樹立するに当り、買収目的地の範囲を明確ならしめる必要上、青森県知事において該地に対し、昭和二十六年七月三十一日自創法第四十四条の三及び自創法の施行に伴う土地台帳の特例に関する政令及び同省令に基き代位分筆の申告をなし、昭和二十八年五月十八日、自創法第四十四条及び自作農創設特別措置登記令並びに同施行細則に基き嘱託による分筆登記をなしたものであつて、何等違法な点はない。と述べた。

(立証省略)

理由

本件(い)(ろ)(は)の各土地が原告ひで、同幸一の被相続人中村豊八及び原告豊、同恵三名の所有であつたが、昭和二十八年十月十七日右豊八の死亡によりその相続人原告ひで同幸一等の所有となつたこと、被告青森市農業委員会が昭和二十七年三月六日該地につき自創法第十五条第一項第二号に基く宅地買収計画を樹立公告し、関係書類を縦覧に供したので、これに対し前記亡中村豊八が同月十七日、同委員会に異議の申立をなしたが、同年九月十日却下の決定がなされたので更に右豊八は同月十八日訴外青森県農業委員会に訴願を提起したところ、同委員会は昭和二十九年七月三日訴願棄却の裁決をなし、同月六日該裁決書謄本が原告等に送達せられた事実は当時者間に争がない。

よつて以下原告等主張の違法事由につき順次検討する。

一、先ず原告等は本件買収計画が重複してなされた違法がある旨主張するのでこの点につき按ずるに、本件土地については、本件買収計画の樹立に先立つ昭和二十五年二月十三日、訴外滝内村農地委員会(後に合併により被告青森市農業委員会となる)において既に買収計画第十五次が樹立せられ、これに対し亡中村豊八が所定の異議訴願の手続を経た上、当庁に対して該買収計画取消請求の訴訟を提起し、当庁昭和二十六年(行)第四十五号事件として審理中、被告青森市農業委員会が右買収計画に所有者を誤つた違法があるとして自らこれを取消した事実は当事者間に争がない。ところで買収処分完了前であれば、買収計画はこれを樹立した原処分庁において適宜取消しうるものと解するのが相当であり、これに対する異議訴願ないし訴訟が係属審理中であるとしても結論を異にしない。そうだとすると、右第十五次買収計画が適法に取消された後に樹立せられた本件買収計画が、重複してなされた違法がある旨の原告の主張は理由がない。

二、次に原告等は本件買収計画樹立に先立つべき買収申請がなかつた旨主張するのでこの点につき按ずるに、成立に争のない甲第一号証及び乙第一号証の九に証人棟方行男の証言を綜合すると、訴外棟方寅次郎、同樋口信太郎、同棟方兼作は昭和二十三年十一月中本件(い)(ろ)(は)の各土地につき前記滝内村農業委員会に対し、口頭で買収申請をなした上同人等は訴外佐藤勝雄に右買収申請書を作成して提出すべきことを委託し、右佐藤は右委任に基いて同月十二日訴外人等の分を一括し自己を申請者代表名義とする申請書(甲第一号証)を作成した上即日前記委員会に提出している事実が認められ、他にこれを覆すに足る証拠はない。ところで、自創法第十五条第一項により宅地買収の申請をするには、同法施行規則第七条所定の申請書に拠らなければならない旨規定せられているところであるけれども、同条は単なる訓示規定と解すべきであるから、本件における前記申請書が右所定の方式と異つた方式によつたというだけで、これを以て自創法第十五条第一項所定の買収の申請がなかつたとする原告等の主張は到底採用できない。又原告等は右申請に基く第十五次買収計画は既に取消されているから本件買収計画に対する関係においては右申請は失効している旨主張するが、さきの買収計画が取消されたとしてもその計画について存した申請が、当然に申請としての効力を失ういわれがなく従つて本件買収計画樹立前において申請人等が右申請を取消したような場合は格別、そのような事実を認めるに足る何らの主張立証もない本件では原告等の右主張は採用の限りでない。

三(一) 次に原告等は本件買収計画は自創法第十五条第二項第一号に違反するものである旨主張するのでこの点につき按ずるに、本件(い)の土地は訴外棟方寅次郎が、同(ろ)の土地は訴外樋口信太郎が、同(は)の土地は訴外棟方兼作が夫々約三十数年前から賃借して住家等を建築の上使用し来つた事実は、弁論の全趣旨に照らし原告等の明かに争わないところであつて、成立に争のない甲第三号証、同乙第一号証の四乃至七及び証人棟方行男、同棟方兼作の各証言を綜合すると、本件買収計画樹立当時右棟方寅次郎方の同居の家族は幼少の頃から手許で養育して来た長男敬三郎の長子、行男(昭和三年四月二十八日生)とその妻及び幼児の計四人で、高齢ではあるが右行男夫妻と共に自創法によつて売渡を受けた田五反六畝歩の他畑五畝歩を耕作していたこと、又右樋口信太郎方は同じく売渡を受けた田一町三反八畝歩を耕作していたこと、更に右棟方兼作方の同居の家族は現在配偶者及び子供五人の計七人で、本件買収計画樹立当時、自創法による売渡を受けた田五反七畝二十一歩の他畑一反歩(小作地)を耕作する農家であつたことが認められ、これらの事実よりすれば右訴外人等及びその同居の家族の主たる生計は農業によつて営まれる所謂農家であつたものと推認するのが相当である。尤も前顕各証拠によると、本件買収計画樹立当時、前記棟方行男は農業の傍ら荷役夫として稼働し一月金七、八千円の収入を得ていたこと、前記樋口信太郎は農業の暇をみて鉄道人夫として、又その妻も同様野菜果物類の小売販売業を営んでいたこと、前記棟方兼作は農業の傍ら臨時人夫などをして手間賃を稼ぎ又その母も生存中は野菜等の行商をしていたこと等の事実が認められないではないか、一般に東北地方殊に本県においては、富裕な農家はいざ知らず中位以下の農家にあつては、農業経営の他その暇を見て手間賃稼ぎに出たり或いは副業を持つことによつて辛うじて生計を建てているのが実状であることは当裁判所に顕著な事実であつて、前記訴外人等及びその家族も又その例に洩れないとしても、これを以て前認定を覆すに足るべきものとは思料されず、その他に右認定を覆すに足る証拠はない。なお、原告等は右棟方寅次郎につき、同人は本件買収計画樹立後の昭和二十七年八月十三日死亡し、相続人は五男二女あり、しかも長男敬三郎は東京都に在り、他の者も他村等に居住し、右(い)地に在つて農業に従事する者なく、その住家も相続人等の共有物であるからその申請を容認した買収計画は結局取消を免れない旨主張する。そして寅次郎が原告等主張の日に死亡したことは当事者間に争なく、その他の右原告等主張の事実関係についても被告等の明かに争わないところであるが、一旦適法に樹立された宅地建物等の買収計画はその後申請人(相続人を含む)において農耕を廃止し、又はその居住地を立去つたような場合は格別然らざる限り後に至り違法となるようなことはないものと解すべきところ、右寅次郎の申請資格を容認した買収計画の適法であることは前段認定のとおりであつて、前顕棟方行男の証言によれば、同人は祖父の死亡後もその住家に止まり、しかも自創法により売渡を受けた農地の内三反六畝歩については同人の所有名義に移転登記を受けその儘同地において耕作に従事していることが明かであつて、相続人等においてもこれを廃止していないことが認められる。そうだとするとこの点に関する原告等の主張も採用の限りでない。

(二) 次に原告等は本件土地は自創法第十五条第二項第二号によつて買収すべきでない旨主張するが、原告等提出の全資料を以てするも右主張を肯認させるに足るべきものはなく、到底採用できない。

(三) 次に原告等は本件土地は同法第十五条第二項第三号によつて買収すべきでない旨主張するのでこの点につき按ずるに、成立に争のない乙第一号証の二、三及び検証の結果を綜合すると、本件土地は現在青森市西滝部落の東南端に位置し、南北に通ずる道路(北は約二百五十米にして国道に到り南は青森市大字浪館の部落に至る。)の東側に接続し存在し、その東側及び南側は若干の畑地をへだてて水田地帯となつている。尤も本件土地の東北方には青森市の市街地建物が望見され、右西滝部落に稍接した地点には市営アパートが建設せられ近年本件土地附近に於ても人口の自然増加によつて分家のための宅地の必要等も起きて現に本件買収計画樹立前後には本件土地から遠からぬ地点に家屋が二、三建築されている状況であるが、概して附近一帯は農村集落の様相を呈していて早急に住宅街に変貌すべき特段の事情等は存在しないこと等が認められ、他に右認定を左右すべき証拠はない。以上の事実を綜合判断すると、本件土地はその位置環境等からして営農のためにこれを買収することが不相当であるということはできないから、この点に関する原告等の主張は採用できない。

四、次に原告等は本件買収計画樹立前になされた本件土地分割手続が違法である旨主張するが、自創法第十五条の規定による買収をする場合において、必要があるときは県知事において政令及び省令に基く代位分筆の申告、並びに同法第四十四条及び政令に基く分筆登記の嘱託をなしうることは法の規定するところであるばかりでなく、仮りに右土地分割手続に違法な点があるとしても買収計画それ自体の適否には何ら消長を来さないものと解すべきであるから、右主張はそれ自体失当である。

五、次に原告等は本件買収目的地の範囲が何れも不明確である旨主張するのでこの点につき按ずるに、本件弁論の全趣旨に徴すると本件買収計画書には買収目的地として前記分筆に係る百六十四番一号宅地二百五十三坪、同番二号宅地三百七十三坪、及び同番三号宅地百五十二坪と記載したのみで実測図面等の添付をしなかつたことが認められるけれども、土地台帳その他関係書類によつて右三筆の土地の位置及び範囲は客観的に確定しうべきものであるから、これが特定を欠くとの原告等の主張は採用できない。

六、最後に原告等は訴外棟方行男所有の家屋が隣地の訴外中村次五兵衛所有地にも跨つて存在するから、農業用施設として何れの宅地を必要とするかを明確にしないでなした本件買収計画は違法である旨主張するが、仮りに原告等主張のとおりの事実があるとしても、検証の結果によればその範囲は僅少部分に過ぎず、その故に本件(い)の土地に対する買収計画が違法となるものとは考えられないから原告等の右主張は到底採用の限りでない。

果して然らば、本件土地につき被告青森市農業委員会の樹立した前記第二十二次買収計画及びこれを維持した青森県農業委員会の前記訴願裁決は何れも相当であつて、何等原告等主張の如き違法はないといわなければならない。

よつて原告等の本件請求は何れも失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。(昭和三二年九月三日青森地方裁判所判決)

(別紙目録省略)

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